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八千草薫の若い頃の写真や昔の画像がかわいい!宝塚時代から時代別に振り返る

八千草薫の若い頃の写真や昔の画像がかわいい!宝塚時代から時代別に振り返る メディア

こんにちは。

女優の八千草薫さんが10月24日、膵臓がんのため88歳で亡くなられましたね…。

ご冥福をお祈りいたします。

上品で笑顔がすてきな八千草さん。

最近の八千草さんを見ていると往年の大女優というイメージでしたが、若い頃が大変美しいと話題になっています。

良妻賢母役のイメージが強い八千草さんですが、若い頃にはヒロイン役を多く務めていました。

そんな八千草さんの若い頃の写真や昔の画像を、時系列でご紹介していきます。

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八千草薫さんの若い頃の写真や昔の画像その1(1947年〜宝塚時代)

八千草さんは宝塚のご出身です。

どちらかといえば華やかというよりは優しい穏やかなイメージだったため、少し意外でした。

1947年に宝塚歌劇団に娘役として入団しています。

入団当初は『分福茶釜』の狸などコミカルな役が多かったそうですが、1952年「源氏物語」の初演で可憐で無垢な若紫を内・外面とも見事に表現して大ブレイク。

絶大な評判と人気を博しました。

それ以降、美貌・清純派の娘役として宝塚の一時代を風靡しました。

そんな八千草さんの宝塚時代の写真をご紹介します。

八千草薫の若い頃の写真や昔の画像がかわいい!宝塚時代から時代別に振り返る

まさにかわいらしくも美しい娘役ですね!

こちらの画像を見ると宝塚にいらしたことも納得です。

八千草薫の若い頃の写真や昔の画像がかわいい!宝塚時代から時代別に振り返る

こちらは1952年の宝塚の舞台「ジャワの踊り子」のときの八千草さんです。

八千草薫の若い頃の写真や昔の画像がかわいい!宝塚時代から時代別に振り返る
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次にご紹介するのは宝塚時代の貴重なプロマイドの画像です。

舞台メイクではない八千草さん、こちらもかわいらしくてすてきですね。

宝塚のメイクは舞台映えするように独特ですので、こちらのお写真のほうがより自然なかんじですね。

いいところのお嬢さんというかんじでまさに上品です。

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八千草薫さんの若い頃の写真や昔の画像その2(1954年:宮本武蔵)

次にご紹介するのは1954年に公開された「宮本武蔵」のときの画像です。

八千草さんはお通役を演じました。

こちらの作品は第28回アカデミー賞名誉賞(最優秀外国語映画)を受賞しています。

そして、八千草さんの初のカラー映画出演となり大ヒットしました。

八千草薫の若い頃の写真や昔の画像がかわいい!宝塚時代から時代別に振り返る

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初のカラー作品ということで、当たり前ですがカラーです。

八千草さん、思春期がちょうど戦時中であり、自宅も空襲で焼けてしまったそう。

そのため、「色のある」「夢のある世界」に飢えていて、華やかな世界にあこがれて宝塚を目指したそうです。

時代はまさに華やかなカラーの時代になりましたね。

宝塚の劇場まで足を運ばなくても鮮やかな世界を感じることができる時代になりました。

八千草薫さんの若い頃の写真や昔の画像その3(1954年:蝶々夫人)

八千草さんの名前がますます有名になったのは、宮本武蔵と同じく1954年に公開された蝶々夫人ではないでしょうか。

蝶々夫人は言わずと知れたプッチーニのオペラで、オペラにしては珍しく日本が舞台という作品です。

八千草さんはこちらに主役の蝶々さん役で出演しました。

こちらの映画、なんとイタリアと日本の合作映画だそうです。

当時としてはとても画期的な取り組みですよね!

撮影はすべてローマで行われたそうです。

蝶々夫人について簡単にご紹介すると、舞台は明治時代の長崎です。

そこで働いていた芸者の蝶々さんは、アメリカ海軍兵のピンカートンと結婚します。

ですがピンカートンはアメリカに帰り、アメリカで別の女性と結婚してしまいます。

絶望した蝶々さんは、ピンカートンとの間にできた子供を残して自らの命を絶ってしまう…というお話です。

ちなみにこちら、オペラが原作なので声はソプラノ歌手のオリエッタ・モスクッチが担当し、八千草さんはそれに合わせて演じるというものだったそう。

ですがそれがあまりに自然でまるで八千草さんが歌っているように見えたため、ますます八千草さんの女優としての人気は高まったそうです。

そんな蝶々さんを演じた八千草さんはこちらです。

八千草薫の若い頃の写真や昔の画像がかわいい!宝塚時代から時代別に振り返る

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うーん、かわいらしいですね!

蝶々さんは15歳という設定なので、若々しくかわいらしい雰囲気が八千草さんにぴったりです。

これから始まる悲劇を思うとこのかわいらしさも切ないですね…。

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八千草薫さんの若い頃の写真や昔の画像その4(1960年:ガス人間第一号)

八千草さんといえばガス人間第一号というイメージの方も多いのではないでしょうか。

こちらは1960年の映画です。

最初に聞いたとき、なんて不思議なタイトルなんだと思いました。

どんな話なのか、タイトルだけではまったくイメージがつきません…。

八千草さんは、かつて生物学の博士による人体実験を受けた結果、自らの肉体をガス化させる能力を得てしまったガス人間で殺人犯である水野の恋人役、春日藤千代役を演じました。

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役どころが日本舞踊の家元ということで、和服姿の八千草さんです。

最後は白塗りでちょっと衝撃的なのですが、ガス人間である水野さんの凶行を止めるためにライターで火をつけるんですよね…。

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八千草薫さんの若い頃の写真や昔の画像その5(1977年:岸辺のアルバム)

八千草さんはテレビドラマでも多く活躍されました。

なかでも印象的なのが、田島則子役を演じた岸辺のアルバムなのではないでしょうか。

テレビドラマではおっとりとした良妻賢母役が多かった八千草さんですが、「岸辺のアルバム」ではなんと、家族に隠れて不倫する主婦役を演じました。

倦怠期を迎えた夫婦の危機と子供たちが大人になる過程での苦悩、家族が崩壊していく様が描かれ、最後に水害により家が崩壊するというショッキングなもので、辛口ホームドラマの走りなんて言われていました。

この作品で、八千草さんはテレビ大賞主演女優賞を受賞しています。

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まとめ

いかがだったでしょうか。

80歳を過ぎてもなお現役として活躍した八千草薫さんを画像とともに振り返ってみました。

改めて、ご冥福をお祈りいたします。

最後までお読みいただきありがとうございました。 

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