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久美子の家久美子ガンゴパダイ(ガンゴパダヤイ)が日本に帰らない理由!

久美子の家のガンゴパダヤイ久美子さんが日本に帰らない理由は? メディア

こんにちは!

9月23日の「世界ナゼそこに日本人」は 【秘境で暮らす日本人】強烈キャラSPですね!

  • 89歳で元気すぎる超破天荒おばあちゃん!なんと13人の子供がおり、世界中に総勢81人もの子孫が!
  • 36年間も日本に帰っていない肝っ玉女性をインド秘境で発見!一体ナゼ?

ということで放送が楽しみですね。

二人目の方、

  • インドのガンジス川のほとりには漢字で「久美子の家」と書かれた家が!
  • そこに住む久美子さんは、なんと36年も日本に帰っていないという。
  • そこにはインド人の夫に翻弄された数奇な運命のドラマが!

ということなのですが、この方はガンゴパダヤイ久美子(久美子・ガンゴパダイ)さんという方です。

久美子の家とは?なぜインドにいるの?そして、なぜ36年も日本に帰っていないのか?

調べてみました!

ところで36年ということですが、この方実は2012年11月23日に放送された「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜 3時間スペシャル」に出演されていたようで、その当時36年間帰っていないとのことだったので、現在は40年以上日本に帰っていないのではないかと思います。

もう一人の出演者山本てるさんについてはこちら

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ガンゴパダヤイ久美子(久美子・ガンゴパダイ)さんのプロフィール

久美子さんは26歳の時に、日本でインド人の旦那さんシャンティ・ランジャン・ガンゴパダイさんと出会い、結婚。

その後すぐにインドに渡ります。

移住5年後にゲストハウス「久美子の家(KUMIKO HOUSE)」を始めます。

現在家族でゲストハウスを経営。

インドを旅するバックパッカーなら世界で知らない人はいないと言われています。

久美子の家とは?

久美子の家のガンゴパダヤイ久美子さんが日本に帰らない理由は?

久美子の家とは、インド北部のヒンズー教聖地バラナシ(ヴァーラーナスィー)にあるバックパッカー向けのゲストハウス、いわゆる民宿です。

ガンゴパダヤイ久美子さんが経営しています。

日本人バックパッカーの伝説的な安宿で「インド伝説の宿」と呼ばれています。

近くに息子さんが経営する「ニュー久美子ゲストハウス」がありますが、そちらは伝説の方ではないそう。

さて、久美子の宿ですが、最近は、日本人旅行者の減少で中国や韓国の青年も主要客だそう。

古いマットレスが並ぶ1泊100ルピー(約170円)の相部屋の壁には日本語など数カ国の言語で落書きがぎっしりとあるそう。

ちなみに100ルピーというのは激安で、普通は安くても300ルピーくらいはするそうです。

「20年前は日本人が1晩60人ぐらい泊まっていたけど、最近は各国計10人ほど。落書きも中国語や韓国語ばかり」

と久美子さんは言います。

東京出身の久美子さんは訪日中の芸術家そして詩人であるシャンティさんと知り合い、1977年ごろ結婚。

5年後、3階建ての自宅を宿に改修します。

「インド人に毎日だまされて疲れていたとき、宿にすれば日本人と話せて寂しくないと夫が決めてくれた」

と久美子さんは言います。

一方で、夫が無収入となったため久美子の家を始めたという話も…。

ガンジス川から昇る朝日が見える宿は、バックパッカーの増加とともに世界の「日本人宿」の草分けとなりました。

旅行作家の蔵前仁一さんは「他の旅人と車座で語り合うオアシス」と振り返る。

また、歌手の長渕剛さんも泊まって作曲活動をしたこともあるそうです。

旅行記や漫画に取り上げられ、90年代後半には、お笑いコンビ「猿岩石」の旅番組の影響で最盛期を迎えます。

「まねをして危険なヒッチハイクをする若者を止めるのに必死だった」と語る久美子さん。

日本では少子化で旅行者が減っています。

一方のインドでは、経済成長に伴い、低価格で設備のより整ったライバルが増えたそう。

「日本には一度も戻らず、がむしゃらにやってきた」と久美子さんは静かに語っています。

残念ながら宿の人気者だった夫のシャンティさんは2017年1月16日に他界したそう。

ツイッターには2月、昔の旅行者からとみられる追悼の言葉があふれました。

それだけたくさんのバックパッカーに愛されている宿ということなのでしょう。

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久美子さんがインドへ来ることになったきっかけ

久美子さんがインドに来ることになったきっかけは、日本で、インド人の旦那さんシャンティ・ランジャン・ガンゴパダイさんと結婚したからでした。

26歳の時に結婚したとのことですが、出会いはなんと八王子

異国の地からは想像もつかない東京の住所がすごい違和感です。

どうして旦那さんが日本に来ていたのかというと、旦那さんは芸術家とのことでしたが、具体的には染物のインドサラサというもの関する仕事をしていたそう。

その縁で日本政府から正式に招待され武蔵野美術大学に留学していたそうです。

八王子は着物の街で着物の研究所があったので、そこで色の発明をしていたといいます。

久美子さんのご実家が八王子で食料品やさんで、旦那さんがお客さんとして来たことで仲良くなります。

久美子さんがインドに来たのは結婚してすぐでした。

最初の2,3ヵ月だけ旦那さんの実家のコルカタにいたのですが、旦那さんの染物の仕事先がバラナシだったのでその後はすぐバラナシに来たそうです。

久美子さんがゲストハウス「久美子の家」を始めた理由は?

久美子さんが「久美子の家」を始めたのはインドに来てから5年位経ってからのことでした。

理由がまたすごいのですが、久美子さん、その時に、インド人が大嫌いになってしまう出来事があったそう。

日本人と話したくて、ゲストハウスをすれば話相手ができるかと思って趣味から始めたものが気付けば本業になっていました。

当時は日本人旅行者はまだ少なくて、いても2~3年旅をしているゴツい旅行者ばっかりで、1年位の旅だったら、「まだ始まったばっかりね」という感じだったそう。

今はインドもずいぶん気軽になって、一週間とかばっかりだからと笑います。

久美子さんが「久美子の家」をはじめるきっかけになったインド人が大嫌いになってしまった事件とは?

久美子さん、インドに来て5年経ったときに、インド人が大嫌いになったといいます。

どんなことがあったのでしょうか。

久美子さんたち家族は、あるときちゃんとした事務所でマネージャーをやっている方と仲良くなって、この人なら大丈夫だと思って家族ぐるみでお付き合いをしていたそう。

3~4年は普通に付き合っていたのですが、ある時一緒にお芝居を観に行く事になってチケットをお願いします。

一人200Rps払いました。

ところが当日劇場に行ったら、ゲートの所に100Rpsと書いてあったそう。

「あれ?おかしいな」と思いましたが中にはいったら一番前の席だったので、「あぁ、きっといい席を取ってくれたんだ」と思い直します。

ですが、ちょっと気になって隣の席のおじさんに値段を聞いてみたらやっぱり100 Rpsだったんです。

ご友人がピンハネしていたんですね…。

それから、少しずつ疑いを持つようになったといいます。

やっぱり日本人だからお金持ちだと勘違いされて、そのうち「うちの息子を日本に行かせたい」などと言ってくるようになったそう。

ですが久美子さん、自分の息子も日本に行かせられないのに、なんで他の家の子どもを日本にいかせられるんだっていう話で断ります。

そしたら、「あんたは自分だけいい思いしたいんだ」と言われたそうです。

友達に対して「ここまでは言える、これ以上は言わない」っていう線引きをしないといけないのがインド人の習慣だそう。

久美子さんは最初それを知らなくかったので家の内情から全てその友人に話をしていました。

結局その友人とはだんだん疎遠になっていったそうです。

次に仲良くなった友人とは、今度一線を引いてお付き合いするようにしたという久美子さん。

一緒に買い物いったり、出かけたりしますけど、全てを話す事はしなくなり、それからはうまくいっているそうです。

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久美子さんが日本に36年間帰らない理由は「帰れないから」だった!

久美子さん、子供が生まれたときに一度だけ日本に帰って以来、一度も帰っていないとのこと。

一体なぜなんでしょうか?

久美子さんは、しかも「帰りたくても帰れない。」と言います。

その理由はというと、衝撃のものでした。

なぜかというと、インドで1~2ヵ月の間家を空けてしまったら、勝手に鍵を壊されて中に入られて、帰ってきたら銃持って、「でていけ」と言われてしまうからなんだそうです!

久美子さん、お子さんを出産される際に家を空けたときは近所のドクターに留守番をお願いしたそうなんです。

お医者さんなら安心かと思っていたのですが、やっぱりだめだったそう。

帰ってきてもそのドクター達が立ち退いてくれなくなったと言います。

そのときは仕方なく、3か月分の次の家の家賃を渡して出て行ってもらう事にしました。

ところがドクターとその奥さんは、出ていくときに、

「私たち出ていってあげるんだから、いい人でしょ?」

と言ったそう。

久美子さん、自分の家を乗っ取られて、次の家の家賃まで払わされているのに、内心では「何を言っているんだ」と思いながらも笑顔で「そうですね」って言いましたと言っています。

でも今思い返せば、確かにいい人でしたという久美子さん。

なぜならちゃんと出て行ってくれたんだから!

インドというのはすごい国なんですね…。

その後は帰国しようと思ってもうインド人は信用ができないから、日本人にお願いしてたんだそう。

ですが、その人に任せてコルカタまで移動したときに一度電話で様子を確認したときにすでに、「大変です」という状況。

1週間でその状態なのできっとまた誰かに家を乗っ取られてしまうと思って、結局その時は帰国ができなかったと言います。

そんな理由で2度ほど帰国の予定をキャンセルしたものだから、実家のお母さんがとても心配して、「帰国もできないほど大変な状況なの?」と聞いたそう。

飛行機にも乗ったことがないお母さんがインドまで来てくれて。それからはお姉さんを連れて来たり、親戚を連れて来たり、いつも向こうから会いに来てくれるようになったそう。

日本に帰ることができなくても、日本のご家族には会えていたようでよかったです。

久美子さんは、ご両親が亡くなった時も帰国することはありませんでした。

まとめ

いかがだったでしょうか。

9月23日の「世界ナゼそこに日本人」は 【秘境で暮らす日本人】強烈キャラSPに出演する「久美子の家」のオーナーことガンゴパダヤイ久美子さんをご紹介しました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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