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山本てるさん89歳が南米パラグアイに住む理由!日系移民の悲劇

メディア

こんにちは!

9月23日の「世界ナゼそこに日本人」は 【秘境で暮らす日本人】強烈キャラSPですね!

  • 89歳で元気すぎる超破天荒おばあちゃん!なんと13人の子供がおり、世界中に総勢81人もの子孫が!
  • 36年間も日本に帰っていない肝っ玉女性をインド秘境で発見!一体ナゼ?

ということで放送が楽しみですね。

一人目の方、

  • 超破天荒な元気すぎる89歳のおばあちゃんを発見!
  • なんと玄孫まで含めると世界中に81人もの子孫がいるという!
  • 彼女はなぜ遠く離れた南米パラグアイに?驚きのワケが!

ということなのですが、この方は山本てるさんという女性です。

彼女がその昔、日本の反対側・パラグアイにやってきた理由とは?そこには戦火を生き抜き、大切な人たちの度重なる死を乗り越えた波瀾万丈の人生ドラマがありました。

もう一人の出演者インドに住む久美子さんについてはこちら

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山本てるさん(パラグアイ在住・89歳(2014年当時))のプロフィール

山本てるさんは2014年11月24日の「世界ナゼそこに日本人」に出演したようで、当時89歳でした。

ということで、いまは5年ほどたっているので現在は93歳〜94歳くらいでしょうか。

日本の反対側、南米に位置する「パラグアイ共和国」。

首都には「ニホン学校」と呼ばれるパラグアイの子ども達が「日本の文化」を学ぶ為の教育機関があるほどの親日国なんだそう。

そんなパラグアイの首都から離れた田舎町イグアスに60年以上、65年近く暮らし続けているのが日本人おばあちゃん、山本てるさん

しかもてるさんには13人もの子どもを出産し、68人にも及ぶ孫が存在するといいます。

こちらは2014年時点の情報で、現在はなんと玄孫まで含めると世界中に81人もの子孫がいるそうです。

超破天荒な元気すぎるおばあちゃんということですが、御年89歳(2014年11月当時)ながら1日10本の煙草を嗜み、週4日のゲートボールが生き甲斐なんだそう。

そして夜な夜な近所のカラオケバーに繰り出していくそう。

たしかにめっちゃパワフルですね…!

今は13番目の末娘・阿部絹子(きぬこ)さん一家と共に暮らしているそうです。

絹子さんは母の健康の為と手塩にかけご飯を作ったり、あまり外に出たがらないてるさんをエステサロンに連れて行ったりと甲斐甲斐しいほど親身になって面倒を見ています。

優しい娘とかわいい孫たちに恵まれ、人生を謳歌しているように見えるてるさん。

しかし、その笑顔の裏には「死ぬか生きるかの境だった」「人生おしまいかと思った」と現在の生活からは想像の出来ない幾多の苦難に襲われた過去がありました。

山本てるさんの波乱万丈の人生!なぜパラグアイに住んでいるのか?

山本てるさんはなぜ60年以上パラグアイに住んでいるのでしょうか?

それには戦後の日系移民の悲劇がありました。

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山本てるさんがパラグアイに移住するまで

山本てるさんは大正14年に極貧生活を送っていた農家に生まれます。

極貧生活の中で見つけた幸せが17才の時に結ばれた松浦正悟さんとの結婚でした。

長女を授かった矢先、第二次世界大戦が勃発、

正悟さんは徴兵されます。

18歳だったてるさんは女手一つで子どもを育てていましたが、生まれて2ヵ月になる次女が栄養失調により死亡してしまいます…。

そんな生活を続け1985年8月15日に終戦、地獄の日々でした。

終戦後、戦死したと思っていた正悟さんが奇跡的に生還します。

戦後復興と共に明るい兆しが訪れ、てるこさんは次々と子どもを出産。

しかし、終戦後の日本は失業問題に悩まされており、仕事がなかったてるさん一家は引き続き極貧生活を余儀なくされました。

そのため、長男と次男までも栄養失調で亡くなります。

日本政府は戦後の失業問題を打開するため、南米の国を夢の新天地として宣伝。

てるさんは30歳の時、生き残った子どもを連れ新天地とされる南米パラグアイへと渡りました。

南米パラグアイへ渡った日系移民の悲劇

新天地とされたパラグアイに渡ったてるさん一家。

しかしそこで目にしたのは想像とはまるで違う悲惨な光景でした。

日本人に与えられた土地は未開のジャングル…帰りたくても帰れない片道切符でした。

大木だらけの原生林を伐採して農業をするしか道がなく、てるさんと正悟さんは必死に開拓を続けます。

そんな時、正悟さんは作業中に大木の下敷きになり死亡してしまいます。

享年37歳でした。

そして皮肉にも、てるさんが8人目の子どもの出産を間近に控えた中で起きた事故でした。

正悟さんを失ったてるさんは途方に暮れる日々を送ります。

そんな時に日本から来た農業移民のシングルファーザーとのお見合いの話があがり、家族を守るために2度目の結婚をします。

幸いにも2人目の夫は優しく、やがて11人の家族を抱える大家族になっていました。

しかし、2人目の夫も病気により他界します。

てるこさんは独立していた子どもを除いても6人の幼い子どもを抱えるシングルマザーとなります。

今度こそだめかもしれないと思った矢先、またもや友人が1人の男性を紹介します。

それがパラグアイで大工をしていた山本盛繁さんという方でした。

彼も3人の子どもを育てるシングルファーザーでした。

こうして3度目の結婚をしたてるさん。

ですが、この結婚により人生最大の危機に陥るのです。

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3度目の結婚そして46歳での妊娠

3度目の結婚のあと、13番目の子どもを妊娠したてるさん。

本来ならおめでたい状態ですが、そのときてるさんはなんと46歳

高齢出産だったため、命の危険さえもありました。

いまから約50年前の、しかもパラグアイで46歳で出産…リスクは想像するに有り余ります。

リスクだらけの出産に周囲は賛否両論でしたが、今は亡き3人の子どもがいるからこそ、13人目の子だけは命に変えても産みたいと決めたてるさん。

幸いにも無事に出産することができました。

しかし13人目の子どもを産んだ後、3人目の夫・山本盛繁さんも病気で他界します。

さすがに再婚も出来ない年齢だったので、命がけで産んだ子どもを食べさせていくために夫が残した農地で昼夜問わず働きました。

この時は想像を絶するほどの過酷さだったといいます。

ですが、この13人目の子どもこそが、現在てるさんを支えている阿部絹子さんなのです。

てるさんはなぜいまもパラグアイに住み続けているのか?

2014年、てるさんは3年ぶりに3人の夫のお墓を訪れます。

てるさんがパラグアイに住み続ける理由は、過酷な時代を共に生き抜き、助けてくれた夫らの側を離れたくないからでした。

現在、てるさんの夫らが残してくれた家族という名の種は、パラグアイの大地に大きな花を咲かせています。

この日、絹子さんはてるさんにこれまでの想いを手紙としてしたためました。

手紙にはこれまでの事や感謝の気持ちが綴られており、てるさんは手紙に対し「今が一番幸せ」だとお礼の言葉を述べました。

こちらが2014年11月の放送内容です。

それから5年たち、現在の様子などが見られるのでしょうか。

番組の放送が楽しみです。

まとめ

いかがだったでしょうか。

9月23日の「世界ナゼそこに日本人」は 【秘境で暮らす日本人】強烈キャラSPということで、89歳で元気すぎる超破天荒おばあちゃん、南米パラグアイに住む山本てるさんをご紹介しました。

これからもどうぞお元気で過ごしていただきたいですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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