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ピューマ渡久地は現在記憶障害で逮捕。娘や嫁は?パンチドランカー

ピューマ渡久地は現在記憶障害で逮捕。娘や嫁は?パンチドランカー スポーツ

こんにちは!

9月13日の爆報!THEフライデーは「記憶が消えていく天才ボクサー&あの人は今転身SP」ですね。

  • 記憶障害のピューマ渡久地が傷害事件で逮捕
  • 元巨人のラッキーボーイとアパホテルの社長がドッキリ対面!
  • 亡きミラーマン俳優石田信之の家族が驚きの問題に直面!

ということで放送が楽しみですね。

こちらに「記憶が消えていく天才ボクサー」としてピューマ渡久地(ピューマとぐち)さんが出演されます。

  • 天才ボクサー・ピューマ渡久地が傷害事件で逮捕!
  • しかし…事件の事を一切覚えていなかった!
  • 緊急脳検査で衝撃の事実が明らかに!

ということで、ピューマ渡久地さんの現在が語られるようです。

今日は、ピューマ渡久地さんのプロフィールや経歴から、現在の状況をまとめました。

そこにはあまりにつらい現実がありました…。

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ピューマ渡久地(ピューマとぐち)さんのプロフィール

名前 ピューマ渡久地(ピューマとぐち)

本名 渡久地隆人(とぐちたかと)

生年月日 1969年11月20日

年齢 49歳(2019年9月現在)

出身 沖縄県石川市(現・うるま市)

身長 161cm

血液型O型

職業 元プロボクサー

階級 フライ級

スタイル 右ファイター

ピューマ渡久地(ピューマとぐち)さんの経歴

ピューマ渡久地さんは元プロボクサーで日本フライ級王者です。

ボクシングスタイルは右のファイター型。

鬼塚勝也さん、辰吉丈一郎さんと共に平成の三羽烏と称され、1990年代初期の日本プロボクシング界で活躍しました。

本名は渡久地隆人(とぐち たかと)さん。

沖縄県石川市(現・うるま市)出身で、興南高等学校を卒業したのち日本大学農獣医学部に入学、のちに中退しています。

ピューマ渡久地さんがボクシングをはじめたのは高校に入学した時だそう。

金城真吉監督の指導のもと才能を開花させていきました。

1987年インターハイフライ級準優勝、そして海邦国体で沖縄県チームとして優勝。

ちなみに、高校の同期にプロバスケットボールBリーグ・サンロッカーズ渋谷現アシスタントコーチの伊佐勉さんがいます。

アマチュア時代から58戦53勝(40RSC)5敗と、プロ顔負けのパワフルなボクシングを持ち味として18歳でプロ入りを果たし、1988年8月にデビューします。

そして全日本新人王(MVP)、A級トーナメント優勝(MVP)、日本プロスポーツ大賞・内閣総理大臣新人賞受賞などを受賞。

東日本新人王トーナメント決勝では、後のWBC世界スーパーフライ級王者・川島郭志を6回TKOで破っています。

(前年のインターハイでは決勝で川島に敗れ準優勝)

9戦全KO勝ちの戦績を引っ提げ、1990年3月、10戦目で日本王座初挑戦。

ここでもKO勝ちを収め、王座を獲得します。

その後、8月の初防衛戦もKO勝ちし、デビューからの連続KO勝利数を「11」に伸ばしました。

11月の2度目の防衛戦は10回判定勝ち。

12戦目で連続KO勝利は途切れますが、デビュー戦から11戦連続KO勝ちは日本歴代3位の記録という輝かしい成績でした。

1991年3月、3度目の防衛戦で当時売り出し中のロシア人ボクサー勇利アルバチャコフ(当時のリングネームは「チャコフ・ユーリ」)と対戦することになっていましたが、試合直前に当時の所属ジムとトラブルを起こし失踪したとされました。

その際、日本王座は剥奪となり、ペナルティとしてJBCから「無期限ライセンス停止」の処分を受けます。

その後、JBCも本人の更生を認めライセンス停止処分を解除し、2年半の近いブランクを経て復帰。

1993年4月、復帰初戦は元WBA世界フライ級王者の現役世界ランカーヘスス・ロハス(ベネズエラ)と対戦し9回TKO負け。

プロ初黒星を喫しました。

その後、1994年8月の試合にも敗れ、2敗目となります。

1995年1月23日、復帰5戦目で日本王座再挑戦し、同フライ級王者岡田明広を10回判定に降し、4年ぶりの王座返り咲きに成功ました。

しかし試合後、リング上でのインタビュー中に岡田の応援団に激しく野次られ激怒。「気に入らないなら(チャンピオン)ベルト返してやるよ!」と叫び、ベルトを外そうとする一幕がありました。

その後3度(前回の王座を含め通算5度)の防衛に成功しています。

1996年8月26日にはいよいよ世界初挑戦へ。

両国国技館で前述の無期限ライセンス停止で対戦出来なかったWBC世界フライ級王者・勇利アルバチャコフに挑むも、9回TKOで敗北しましたが、この試合はJBC等の選考による同年の年間最高試合に選ばれました。

その後、スズキ・カバトとの指名試合・4度目の防衛戦をキャンセル、保持していた日本王座を返上し、勇利が所属する協栄ジムに移籍します。

その後5連勝して世界に再挑戦することが決定。

1998年12月にWBA世界スーパーフライ級王者飯田覚士に挑むことになっていましたが、試合前に「脳梗塞の疑いがある」と診断され、再挑戦は中止となります。

「脳梗塞の疑い」は誤診だったそうなのですが、リング復帰まで1年以上を要しました。

1999年10月、1年4か月ぶりの試合に臨みましたが3回TKO負け。

この試合を最後に現役を引退しています。

移籍の難しい日本プロボクシング業界の中で、ビクトリージム〜埼玉池田ジム〜十番TYジム〜協栄ジムと計4つのジムを渡り歩いた珍しい方だそうです。

現役引退後は港区東麻布に「ピューマ渡久地ボクシングジム」を開設し、同ジムの名誉会長に就任します。

さらに、2007年度東日本ボクシング協会理事も務めました。

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ピューマ渡久地(ピューマとぐち)さんの結婚や嫁や子供は?

ピューマ渡久地さんは1993年8月5日に生田聡美さん(現在渡久地聡美さん)と入籍、ご結婚されています。

その後二女一男をもうけており、二人の娘さんと一人の息子さんに恵まれています。

ピューマ渡久地は現在記憶障害で逮捕。娘や嫁は?パンチドランカー

左から順に、梨以さん(長女)、ピューマ渡久地さん、旺羅さん(次女)琉雄(長男)さんとのことです。

ピューマ渡久地(ピューマとぐち)さんは離婚しボクシングジムは元妻の渡久地聡美さんが経営

ピューマ渡久地は現在記憶障害で逮捕。娘や嫁は?パンチドランカー

結婚し、3人のお子さんもおり自分の名前を冠したジムも経営していたピューマ渡久地さん。

仕事もプライベートも充実しているように思われましたが、慣れないジム経営によるストレスで夫婦関係は悪化していったそう。

妻の渡久地聡美さんと結婚13年目の2006年に離婚して子供3人とも離れてしまいました。

ですが現在も、ボクシングジムは名誉会長がピューマ渡久地さん、そして会長が渡久地聡美さんとなっており、離婚後も奥様が切り盛りしています。

一方、ピューマ渡久地さんはさらに過酷な状況になっていました…。

ピューマ渡久地さんの現在は?

ピューマ渡久地さんの現在は、2019年4月12日に放送された爆報!THEフライデーで明らかになっていました。

ピューマ渡久地さんは体調を崩し、2016年から沖縄の実家に帰って療養していました。

ご実家にはご両親と祖母がいらっしゃるそう。

ですがお父さんは78歳、お母さんは77歳、そしてお祖母さんは96歳とかなり高齢。

さらに祖母は1年前から24時間介護が必要な状態で、ピューマ渡久地さん自身も要介護3で、右半身に麻痺も出ているそうです。

お母さんが祖母とピューマ渡久地さんの介護をされているそうですが、お母さんも過労のため倒れてしまったそうです…。

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ピューマ渡久地さんの病気は記憶障害。原因はパンチドランカーともてんかん発作(てんかん重積)とも

ピューマ渡久地さんはどのような病気かというと、深刻な記憶障害で、どんどん記憶が消えていくそうです…。

「しゃべっていることを忘れちゃうので。今言ってることをすぐ忘れちゃう」と症状を説明しています。

「どうしたらいいか分からない」と、苦悩を明かしました。

原因は、現役時代の競技生活を要因としたパンチドランカーが悪化し、何度もてんかん発作を起こしたことだそうです。

パンチドランカーとは頭部への衝撃から生じる脳震盪を起因とする神経変性疾患及び認知症に似た症状を持つ進行性の脳障害疾患のことで、ボクサーに多く見られる疾患です。

ボクシングだけでなく、打撃系格闘技など繰り返し頭部へ衝撃を受けることのあるコンタクトスポーツのアスリートに発症することが多いそうです。

やはり、身体にかなりの負担がかかるスポーツなんですね…。

ピューマ渡久地さんのてんかんは、てんかん発作のなかでも重い「てんかん重積」というもので、「けいれん発作が30分以上続くか、または、短い発作でも反復し、その間の意識の回復がないまま30分以上続く状態」と定義されています。

ピューマ渡久地さんはてんかん発作を何度も起こすうちに記憶障害が重くなっていました。

現在は自分の年齢も分からず、また、散歩に出かけると自宅の場所を忘れてしまう状態です。

自身やご家族のことを思うとあまりにつらいですね…。

ピューマ渡久地さんの娘が介護のために沖縄へ

2019年、25歳の長女梨以(りい)さんが務めていた会社を退職しました。

お父さんのピューマ渡久地さんの介護をするため沖縄で暮らすという大決心でした。

梨以さんとお父さんはとても仲が良かったそう。

子供のころ、試合に勝ったピューマ渡久地さんにリングにあげてもらったり、離婚したあとも大変かわいがってもらったそうです。

25歳という年頃のお嬢さんがお父さんの介護のために沖縄へ…かなりの覚悟ですよね…。

そうして沖縄へ向かった梨以さん。

ですが、ピューマ渡久地さんは実家の玄関で再会したときに「どちら様ですか?」と質問しています。

娘さんが誰だか理解することができなかったんです。

「パパ、パパ…」と何度も呼び掛けられると、ようやく「梨以だね。分からなかった。ごめんね」と反応していました。

居間で向かい合って座っても、状況が理解できない様子のピューマ渡久地さん。

梨以さんが「さっき会った時に分からなかったのは辛いけど、パパとまた思い出をつくりたいと思っている」と声を掛けると、ピューマ渡久地さんは「ごめんね…ありがとう…」と涙を流して謝り続けていたそうです。

このときサプライズで次女と長男も沖縄に着て3人のお子さんと再会した、ピューマ渡久地さん。

ですが、子どもたちと離れた数時間後には「今日子供たちが来たんですか?」と記憶を忘れていました。

梨以さんは「記憶を忘れてしまっていることは責められることじゃない。それを防ぐには新たな記憶をつくることだと思います」と気丈に父への思いを語っています。

梨以さん、ピューマ渡久地さんの介護だけでなく、ご実家はみんな高齢でかなり苦労されると思います、どうか無理しすぎず過ごしてもらいたいです…。

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ピューマ渡久地さんは傷害事件で現行犯逮捕

ピューマ渡久地さんの現在が明らかになったところで、2019年7月2日に、うるま市で泥酔状態で傷害事件を起こし、現行犯逮捕されたとの報道がありました。

報道の内容は以下のとおりです。

駐車場で口論になった男性の顔を殴ってけがをさせたとして、沖縄県警石川署は7月2日、傷害の疑いで同県沖縄市泡瀬、元プロボクサーの無職、渡久地隆人容疑者を現行犯逮捕したと明らかにしました。

同署によると、容疑を否認しているそうです。

被害男性とは面識はなく、事件前、酒に酔った状態で男性が乗っていた車のボンネットを手でたたき、口論になったそう。

逮捕容疑は7月1日午後10時20分ごろ、同県うるま市石川の駐車場で、那覇市の男性保育士の顔を複数回殴り、軽傷を負わせたこととされています。

お嬢さんが沖縄に帰り、ですがそこで話が終わらないのが現実ですよね…9月13日の爆報!THEフライデーによると、ピューマ渡久地さんは「事件の事を一切覚えていなかった」とのことなので、ここにも記憶障害の影響があるようですね…。

まとめ

9月13日の爆報!THEフライデーでピューマ渡久地さんの現在が語られるということで、ピューマ渡久地さんのプロフィールや経歴から、現在の状況までまとめました。

ピューマ渡久地さんは、

  • 元プロボクサー
  • 引退後はボクシングジムを経営
  • 結婚して3人の子供がいるが妻とは離婚し、ジムは妻である渡久地聡美さんが経営
  • 重度の記憶障害のため沖縄で療養中
  • 長女の梨以さんがお父さんであるピューマ渡久地さんの介護のために沖縄へ
  • ピューマ渡久地さんは7月12日に傷害事件を起こし現行犯逮捕

という状況でした。

ピューマ渡久地さんが回復されることももちろんですが、娘さんについても、穏やかな生活が送れることをお祈りしています…。

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