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クローディーヌディーディーブランチャード殺人事件ジプシーとカトリーナ

クローディーヌディーディーブランチャード殺人事件ジプシーとカトリーナ 事件

こんにちは。

9月9日の「1番だけが知っている」はミステリー作家・湊かなえが出演!全米を騙した母娘の驚愕事件ですね。

  • 日本で1番の女流ミステリー作家・湊かなえに聞いた、小説を超えた実在のミステリー事件!全米が騙された衝撃事件とは!
  • 2005年、ハリケーン・カトリーナから奇跡的に救出された難病の娘とその母。全米が注目し支援した…しかし!ある日母が遺体で発見!一体何が!?
  • 10年以上難病の演技!?殺人犯は見ず知らずの男!?嘘が嘘を呼ぶ嵐の展開が

ということで、湊かなえさんが一番震えたミステリー事件について放送されます。

この事件は、2015年6月に起きたクローディーヌ・ディーディー・ブランチャード殺人事件という事件です。

なぜ湊かなえさんが震えたのか、内容を見てみましょう。

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2015年6月クローディーヌ(クロディーヌ)・ディーディー・ブランチャードがナイフで殺害されるという事件が起きる

2015年6月、アメリカ・ミズーリ州の自宅にて、当時48歳のクローディーヌ・ディーディー・ブランチャードがナイフで殺害されるという事件が起きました。

遺体には17回もの刺し傷が残されており、深い恨みがある人間の犯行であることは明白でした。

しかし、ブランチャードは難病の娘を献身的に支えるシングルマザーとして有名だったため、そんな彼女がなぜ殺されたのかと話題になりました。

献身的に娘を看病していた彼女に、そんな強い恨みを持つ人間は一体誰だったのでしょうか。

数日後、逮捕されたのは無職の男性、ニコラス・ゴドジョン

ですが、驚くべきことに娘のジプシー・ブランチャードも共犯として逮捕されたのです。

ブランチャードを直接殺害したのはニコラスでしたが、ジプシーは母親であるブランチャードが自室で刺されている間、隣のバスルームで耳を塞いでいたと証言しています。

この犯行は、二人によって計画されたものでした。

これにより、娘が生まれてから母が吐き続けていた嘘、そして2005年のハリケーン・カトリーナのあと10年にわたり母娘が全米をあざむき続けていた事実が明らかになったのです。

事件のニュースの動画です。

Authorities investigate possible finial scheme involving murder suspect

2005年8月、ハリケーン・カトリーナの猛威のなか奇跡的に難病の母娘が救出される

2005年8月、ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲う中、髪のない車イスの娘ジプシー・ブランチャードと、その母親クローディーヌ・ディーディー・ブランチャードは、奇跡的に救助されます。

ジプシーは知的障害があり、知能は7歳〜8歳レベル

さらに筋ジストロフィー白血病などの難病を患っており、ブランチャードはシングルマザーとして、そんなジプシーを献身的に支えていると地元メディアによって報じられました。

このことが公になると、親子の元には莫大な支援物資や募金が舞い込みました。

さらには一軒家まで寄付され、親子は何不自由なく生活することができるようになった、という美しいお話で終わるはずだったんです。

しかしながら10年後に殺人事件は起こります。

母親を殺したのは難病であるはずの娘でした。

ジプシー・ブランチャードの病気は嘘だった

実はジプシーは病気には一切かかっておらず、生まれたときからずっと健康体だったそう。

しかし幼い頃から、母ブランチャードに病気にかかっていると洗脳されていたんです。

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二人の生い立ち

殺害された母親、ブランチャードは1967年にルイジアナ州チャックベイに生まれます。

幼い頃の彼女は少し気が強い女の子。

総勢8人の大家族で生活しており、自分の主張を通すためには、少し気が強いくらいがちょうどよかったようです。

しかしながらイライラさせる友達から持ち物を盗んだりするという困った面もあったそうです。

大人になった彼女は看護師として働きはじめます。

そして24歳の頃に結婚

お相手は17歳のロッド・ブランチャード。

けっこうな年の差、しかも相手は17歳。

容易に想像がつくと思いますが、実はこの結婚はいわゆるできちゃった婚でした。

順序はどうであれ、幸せになる家族は山ほどいます。

しかしこの二人はそうではありませんでした…。

娘が生まれる直前に、ロッドは「この結婚は間違いだった」と言い残し、彼女の元を去ってしまいます

離婚し、シングルマザーになることが約束されてしまったブランチャード。

1991年7月27日、ルイジアナ州ゴールデン・メドーで失意の中で娘は生まれます。

娘には、ブランチャードの好きな「ジプシー」という言葉を取り、ジプシー・ブランチャードと名づけました。

しかし、ジプシーの生後まもなく、ブランチャードの様子が変化します。

「娘が病気だ」だと周りに言い始めたのです。

幼い頃から、ブランチャードはジプシーに自分が重度の障害者であると同時に慢性的な病に侵されていると信じさせ、不必要な施術を受けさせたり、薬物を摂取させたりしていました。

ジプシーが抱える様々な病状があたかも真実であるかのように、ブランチャードは次から次へと医師を欺きました。

ジプシーは毎日大量に薬を飲まされ、手術まで受けさせられていました。

ブランチャードは、ジプシーは白血病、筋ジストロフィー、ぜんそく、脳障害によって知的能力が7歳児レベルであると主張していました。

ジプシーが7歳の頃、ブランチャードはジプシーを連れてオートバイに乗っていた時に接触事故を起こし、娘の膝に擦り傷を作ってしまいます。

その際、彼女の膝が早く治るよう車椅子に乗せて生活を送りはじめました

ですが膝が治っても、彼女の車椅子の生活は終わりませんでした。

ジプシーは脚に問題がなかったにも関わらず8歳から車椅子での生活を強いられ、栄養チューブを通して食事を与えられ、髪を刈り上げられてます。

さらに、ジプシーは小学二年生の頃から学校に行くのを辞めます。

それは、彼女の身体を心配したブランチャードの意向だったそう。

たしかに、ジプシーには筋ジストロフィー(筋肉が段々動かなくなる病気)の兆候があるとされ、投薬を受けています。

また、幼い頃は頭蓋骨の発達に心配な点があったり、時には睡眠時無呼吸症候群に陥り、病院へ担ぎ込まれることもあったそう。

わずかな異常が見られるたびに、ブランチャードはジプシーを救急治療室へ連れて行ったそう。

そして、ブランチャードは彼女のために自らの時間のほとんどを、小児病院を探すことに費やすようになりました。

ジプシーに病の兆候があったこと自体は嘘ではなかったようですが、ブランチャードのなかで娘の病気はどんどん重症化していったようです。

娘のためだったのか、娘を心配することで自分を満たしていたのかはわかりません。

2005年、ハリケーン・カトリーナにより母娘は全米で美談になる

2005年、ハリケーン・カトリーナがルイジアナを襲撃します。

ブランチャード母娘も地元の避難所に避難していました。

その時にブランチャードの悲劇を聞きつけた地元メディアは、ついに「病気を患う悲劇の娘」として公に報道し、アメリカ中で知られるようになりました

ジプシーの心配をし続ける母ブランチャードの姿に感銘を受けた報道者が、その美しい姿を全米に報道。

二人の存在はアメリカ中に知れ渡りました。

娘に対する支援により、ディズニーワールドへ旅行、カンザスシティの医者の元へ無料フライト、ミランダ・ランバートのコンサートなどさまざまな支援を受け、さらになんと一軒家まで手に入れています。

クローディーヌディーディーブランチャード殺人事件ジプシーとカトリーナ

ディズニーワールドへの旅行の様子がこちらです。

それから何年もの間、ブランチャードは娘だけでなく、友人や医者、メディアなどを騙し続け、慈善団体からは寄付金を巻き上げていたのです。

さらに元夫であるロッドから振り込まれる養育費1,200ドルや寄付金により、悠々自適な生活を満喫していました。

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ジプシーへの虐待と、洗脳が解けるまで

病気ではないのに大量の投薬、さらに手術、そして歩けるのに車椅子での生活…ブランチャードが娘のジプシーにやっていたことは虐待です。

さらにブランチャードは、ジプシーが母親の策略を見抜ける年齢になってもこの茶番を続けさせ、幼く見せるように年齢を偽り、時には身体的および精神的な虐待を加えることもありました。

ブランチャードはジプシーに対して肉体的な虐待も行っており、ベッドに縛りつけたり、ハンガーで殴ったりしていたそうです。

次第にジプシーは母親に対し、愛情ではなく恐怖を抱くようになりました。

慈善団体によって取られた二人の写真では、ブランチャードは大抵ジプシーの手を握っています

これは、娘を心配していたのではなく、握りの強さによってジプシーに

「余計なことするな」という意思を伝えていたんだそうです。

冒頭の動画でも、ジプシーがブランチャードに腕をつかまれているシーンがありました。

これらの暴力により、ブランチャードはジプシーを精神的に追い詰めていきました。

しかし2010年頃、ジプシーはついに母親に疑問を持ち始めます。

自身の国民健康保険カードを見つけると、母から言われていた「1995年生まれ」ではなく「1991年生まれ」と記載されていたのです。

それまで15歳だと思っていたのが、実は19歳だと判明した瞬間でした。

「重い病に冒された少女」という肩書きを求め、ブランチャードはハリケーンの際に、娘の出生証明と医療記録は破棄されたことにしていたんだそう。

事実ブランチャードは、病院でジプシーの出生証明書を発行した際に、ハリケーンの後に発行された不正確な物だと病院側へ告げていました。

そして母殺害へ

洗脳が解けたジプシーは外の世界に目を向けます。

ジプシーは2013年、ネットのキリスト教系デートサイトにて、当時24歳だったニコラス・ゴドジョンという青年と知り合い、交際をスタートさせました。

クローディーヌディーディーブランチャード殺人事件ジプシーとカトリーナ

ニコラスは当時24歳の自閉症を患った青年で、友達も少なく、職歴も1つしかなかったそう。

自由な時間を全てネットと過ごしていました。

ジプシーはこの支配された生活から抜け出すため「母の存在が二人にとって大きな障害になる」という理由で2014年に殺害を持ちかけます。

そして、ミズーリの自宅にある母親の部屋で計画を実行しました。

自宅に招き入れられたニコラスは、ジプシーが盗み出した凶器のナイフでブランチャードを17回も刺し、殺害します。

そのときジプシーは、隣のバスルームにいて、隣室から聞こえてくる叫び声を聞くまいと耳をふさいでいたそうです。

ニコラスはジプシーの望みを叶えることに喜びを感じており、ジプシーの言いなりだったそう。

警察がブランチャードの遺体を見つけたのは、事件から4日後のことでした。

そしてその翌日、ニコラスの家に隠れていた2人は逮捕されます。

ニコラスに対しては、現在第1級殺人の容疑で裁判が開始されています。

さらに、ジプシーは自らの罪を認め、10年の禁固刑に処されています。

刑務所内でインタビューを受けた際、ジプシーは「母と暮らしていた時よりも今の方が自由を感じる」と話していました。

刑務所のほうが自由…いままでいかに母に抑圧されていたか。

クローディーヌディーディーブランチャード殺人事件ジプシーとカトリーナ

ジプシーの画像なんですが、きれいな方でまたさみしさを助長させます。

しかしながら、インターネットを使って出会い系サイトで殺害を持ちかけ1年もかけて計画を練ることができるのなら、もっと早く警察やしかるべき機関に助けを求めることだってできたのではないでしょうか…そこに思いがいたらないくらい、ジプシーは追い詰められていたということなのでしょうか。

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ブランチャードは「代理ミュンヒハウゼン症候群」だった

ジプシーをここまで追い詰めた母ブランチャードは、「代理ミュンヒハウゼン症候群」という精神疾患だったと言われています。

「ミュンヒハウゼン症候群」は周囲の注目や関心を惹くために自分が病気のふりをしますが、「代理ミュンヒハウゼン症候群」は、自分の代わりに「身の回りの誰か」を病気と思い込ませるものです。

子どもの病気を偽り、熱心に看護するふりをして周囲の注目を集めようとしたブランチャード。

出産前に離婚を経験し1人になった彼女は、とにかく自分を見てくれる誰かがほしかったのでしょうね…。

Huluで『The Act』としてドラマ化(日本での配信は未定)

この実話をもとにした『The Act』というノンフィクションドラマが2019年3月20日からアメリカのHuluで配信がスタートしています。

残念ながら日本での配信は未定とのことですが、予告編は見ることができます。

The Act: Trailer (Official) • A Hulu Original

余計なことを言わないように腕を強く掴まれるジプシーなど、緻密に描かれているようです。

まとめ

いかがだったでしょうか。

9月9日の「1番だけが知っている」はミステリー作家・湊かなえが出演!全米を騙した母娘の驚愕事件ということで、湊かなえさんが一番震えたミステリー事件「クローディーヌ・ディーディー・ブランチャード殺人事件」についてお伝えしました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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