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戸塚哲也サッカー現在はラーメンタンメンで岐阜移住!息子や画像も

戸塚哲也サッカー現在はラーメンタンメンで岐阜移住!息子や画像も スポーツ

こんにちは!

8月30日の「爆報!THE フライデー」は「柳生博vs危険生物!世田谷インコ大量発生事件」ですね。

田舎暮らしのコーナーに、「元日本代表戸塚哲也が驚きの職業に!さらに息子はカリスマ紅白歌手だった!」と題して戸塚哲也さんが出演されます。

そこで今日は、戸塚哲也さんのプロフィールや現在、そしてカリスマ紅白歌手である息子さんについて調べてみました。

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戸塚哲也(元サッカー日本代表)さんのプロフィール

名前 戸塚哲也(とつかてつや)

生年月日 1961年4月24日

年齢 58歳

出身 東京都

身長 174cm

体重 70kg

職業 元サッカー日本代表、サッカー指導者、サッカー解説者

戸塚哲也さんの経歴

戸塚さんは東京都出身の元プロサッカー選手(元日本代表)で、現役時代は天才ストライカーと言われた方です。

都立世田谷工業高校自動車科を卒業されています。

読売クラブの下部組織で育ち、1979年4月25日の東洋工業戦において18歳と1日で日本サッカーリーグデビューを飾り、当時の最年少記録となりました。

Jリーグ黎明期の読売クラブ(ヴェルディ川崎)の黄金期を支えるエースストライカーで、当時日本屈指のキープ力と称されました。

そのドリブルは相手DFから球を奪われることはほとんどなかったくらいだったというので驚きです。

1980年、19歳の時に日本代表に初選出。

その後も代表へたびたび選出されましたが、1983年に個人的な理由から辞退したことでそれ以降数年間代表へ招集される事はなかったそう。

戸塚さんがなぜ辞退したのかというと、当時戸塚さんはラモス瑠偉、ジャイロ・マトス、ジョージ与那城らブラジル人選手とパス交換を交わす読売クラブでのプレイに魅力を感じていたからです。

代表合宿に参加してしまうとクラブに戻った際にブラジル人トリオとの息が合わないことが多かったらしいんです。

そのため、アマチュアである代表チームよりも、お金にもなるクラブに専念したかったとのことでした。

なかなか現実的な理由でしたね…。

しかし1985年に行われた1986 FIFAワールドカップ・アジア予選では森孝慈監督の強い要望もあり、最終予選東京・ソウルでの韓国戦2試合に出場しましたが、日本は2連敗してワールドカップの出場を逃しました。

早くから戸塚さんが参戦して代表に溶け込んでいたらと、当時は惜しまれたそうです。

読売・ヴェルディ一筋にプレーを続けた戸塚さんですが、Jリーグ開幕以降は三浦知良ら現役代表選手を多数擁するクラブの中で出番を失うようになっていきます。

そして1994年に出場機会を求め、当時ジャパンフットボールリーグに在籍した柏レイソルに期限付きで移籍、その年のJリーグ昇格に貢献しました。

その後、1996年に栃木県社会人サッカーリーグのワールドブリッツ小山に移籍。

監督兼任でプレーし、天皇杯の栃木県代表へと導きました。

現役引退後はサッカー解説者、指導者として多方面で活躍し、1997年にはビーチサッカーの日本代表として世界大会に出場しています。

2001年には東京MXテレビのFC東京ホームゲーム中継のメイン解説者を1年間務めました。

2006年2月からFC岐阜の監督に就任。

東海社会人サッカーリーグ1部で優勝、全国地域リーグ決勝大会で2位に入り、JFLに昇格しました。

2007年も昇格初年度ながら開幕ダッシュに成功し首位を独走した時期もありましたが、次第に失速し、2007年6月にはチーム内で方針が分かれ、またS級ライセンスを持っていないことから解任されています。

2007年9月、FC Mi-O びわこの監督に就任。

チームを初優勝に導いて全国地域リーグ決勝大会への出場権を獲得しました。

2008年1月、戸塚はびわこの監督を退任し、FC町田ゼルビアの監督に就任。

町田は関東サッカーリーグ1部で優勝し、戸塚は3年連続のJFL昇格成功を目指して全国地域リーグ決勝大会に参加することになりました。

そして、FC町田が地域リーグ決勝大会で優勝しJFLへの参入が決まるとともに、自身も異なるチームで3年連続でJFL昇格に導きました。

違うチームを3年連続で昇格させるって、すごいですよね。

「昇格請負人」という異名まで持っています。

2009年も引き続き町田を指揮しましたが6位に終わり、同年シーズン終了を以って退任しています。

また、2010年に講習を受けJFA 公認S級コーチライセンスを取得しました。

2011年からは関東サッカーリーグ2部のSC相模原の監督に就任するも、5月限りで成績不振を理由に解任されます。

解任後はスカパー!Jリーグ中継の解説者(主に東京ヴェルディ戦)として活動しました。

また、2012年から2014年までF.C.フォレスタ関ジュニアユースの監督を務めました。

2015年、関西サッカーリーグ1部のレイジェンド滋賀FCの監督に就任し、2016年4月27日に解任されています。

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戸塚哲也さんの現在は岐阜に移住しラーメン店経営!(離婚した?)

戸塚さん、現在なにをしていらっしゃるかというと、なんとラーメン店を営んでいらっしゃいます。

場所は岐阜です。

2015年にお母さんと一緒に岐阜に移住されています。

2017年5月、岐阜県瑞穂市にタンメン店「湯麺戸塚(たんめんとつか)」をオープン、2018年4月には各務原に2号店をオープンしています。

餃子の仕込みはお母さんがされているそうですよ。

ちなみに、こちらのタンメンのお店を始めるまえには、サッカー指導のかたわら東京ヴェルディの練習場に近い川崎市麻生区で炭火焼の店「酔臥居」を経営し、そのマスターでもあったそうです。

しかしながら、監督業が多忙となり現在は閉店しています。

戸塚さんは離婚されているという話があるようなので、岐阜にはお母さんとお二人でいらっしゃるのでしょうか。

戸塚哲也さんが岐阜県に移り住んだ理由は?

東京出身の戸塚さん、なぜ岐阜に移住を決めたのでしょうか。

岐阜には2006年に戸塚さんが監督を務めたFC岐阜があります。

戸塚さんが初めて監督を務めたチームです。

FC岐阜は、戸塚さんが監督を務めた当時は地域リーグでしたが、今ではJ2にまで昇格し、岐阜県内唯一のプロサッカーチームとして活動を行なっています。

戸塚さんは、FC岐阜の監督に就任した2006年に岐阜に引っ越します。

FC岐阜の監督が終わってからも岐阜の住まいはキープしつつ、神奈川の住まいと往復するような暮らしをしていたそうです。

戸塚さんは二子玉川生まれ二子玉川育ち。

ご両親も東京の方だったため、いわゆる”田舎”がないそう。

なので、どこか田舎に対する憧れみたいなのもあり、岐阜の豊かな自然や、東京に比べてのんびりした時間の流れに魅力を感じたそう。

また、地域の人柄の良さにも惹かれたと言っています。

そんな岐阜に魅せられ、2015年に川崎からお母さんと一緒に岐阜に完全移住することを決心したそうです。

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戸塚哲也さんがタンメンのお店を作った理由は?

戸塚さん、飲食店のなかでもラーメン、しかも湯麺(タンメン)を選んだのはなぜかというと、昔から湯麺が好きだったということと、岐阜はタンメンがポピュラーではなかったからだそう。

関東ではタンメンは当たり前のものなのですが、東海にはないそうなんです。

戸塚さんもそれに驚いたそうで、湯麺というと「坦々麺?」って聞き返されることもあったとか。

東京に行ったら即席の湯麺をお土産で買って来てみんなに振る舞ったりもしていたそう。

ちょうど岐阜に基盤となるお店をやりたいなと思っていたことと、美味しい湯麺をみんなに知ってもらいたいという思いがあってお店をオープンしたそうです。

有名な方が飲食店のオーナーというと、プロデュースだけであまりお店にはいないことも多いですが、こちらは戸塚さんご自身が厨房でがっつり作られているお店です。

自分の理想のタンメンを追い求め、オープンする前に知人のお店で修行しながらダシの取り方、食材のチョイス、火加減、色々なことを学んで研究したそうです。

チャーハンや餃子も、自分の好きな味を出す方に作り方を伝授してもらったそうですよ。

湯麺戸塚(たんめんとつか)の場所や営業時間は?

湯麺戸塚(たんめんとつか)の場所や営業時間をご紹介します。

湯麺戸塚 穂積店

〒501-0223

岐阜県瑞穂市穂積1596-4

湯麺戸塚 各務原店

〒504-0844

岐阜県各務原市蘇原吉新町3-20

湯麺戸塚の営業時間と定休日

11:30~14:00、18:00~21:00

定休日 月曜日

湯麺戸塚(たんめんとつか)穂積店は近日閉店?

戸塚さんのラーメン屋さんを調べていたら気になる情報が…。

どうやら一号店である穂積店は9月7日で閉店してしまうようです。

ちなみにテレビが入るとのことですが、おそらく8月30日放送の「爆報!THE フライデー」の取材だったのかな?と推察します。

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戸塚哲也さんの息子はSuchmos(サチモス)のTAIKING(タイキング)こと戸塚泰貴(とつかたいき)さん

さて、番組では、戸塚さんの息子さんは紅白に出場したこともあるカリスマ歌手ということですが、実はSuchmos(サチモス)のTAIKING(タイキング)が息子さんです。

Suchmos(サチモス)ではギターを担当しており、お名前は戸塚泰貴(とつかたいき)さんとおっしゃいます。

Suchmos(サチモス)は、2013年に結成された日本の男性6人組ロックバンドです。

2018年の紅白歌合戦にVOLT-AGEという曲で初出場しています。

この曲は2018年度のNHKのサッカー中継や関連番組のテーマ音楽などに使用される「NHKサッカーテーマ」でした。

サッカーに不思議な縁を感じますね。

TAIKING(タイキング)さんの詳細はこちらです。

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戸塚哲也さんとTAIKING(タイキング)さんが写った貴重な画像!

戸塚哲也さんとTAIKING(タイキング)さん、おふたりが一緒に写っている貴重なお写真がこちらです。

サチモスの紅白出場記念としてお店でもイベントをされていたそうです。

とっても仲良しなおふたりですね!

TAIKING(タイキング)さんが名古屋で公演したあとにお父さんのお店に寄って一緒にお酒を飲んだりするそうですよ。

すてきな大人の親子関係ですよね。

まとめ

いかがだったでしょうか?

8月30日の「爆報!THE フライデー」に戸塚哲也さんが出演されるということで、プロフィールや経歴、現在をまとめました。

戸塚さんは引退後、岐阜に移住しタンメンのお店を営んでいらっしゃいました。

また、息子さんは紅白に出場したこともあるロックバンドSuchmos(サチモス)のTAIKING(タイキング)こと戸塚泰貴(とつかたいき)さんでした。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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