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アルロサ航空514便ツポレフ154事故で不時着した空港の場所や現在は

アルロサ航空514便ツポレフ154事故で不時着した空港の場所や現在は 事件

こんにちは!

8月8日(木)の奇跡体験!アンビリバボーは「タイタニック号沈没事故に隠された真実」ですね。

  • 史上最悪の海難事故に隠された真実!未来のために人生をかけた夫婦のアンビリバボーな決断!
  • ロシア上空で飛行機が故障!絶体絶命の状況で忽然と現れた謎の滑走路

ということで、タイタニック号と、もうひとつ飛行機事故について放送されます。

ロシア上空で飛行機が故障!近くに空港はなく燃料も残りわずか…絶体絶命かと思われた状況で操縦士の目にあるモノが飛び込んできます。

なんとそれは滑走路。

この滑走路、地図には記載がなく、しかも整備されていたんです。

それにより乗客乗員、81名の命が救われ操縦士は英雄となります。

しかし、なぜ突然滑走路が現れたのか?

そこにはもう一人の英雄の存在がありました。

ということで、滑走路を整備していたセルゲイ・ソトニコフさんに焦点があてられましたね。

この事故の概要や、滑走路があった場所、事故を起こした飛行機が現在どうなっているかなどをまとめました。

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アルロサ航空514便(ツポレフ154)の事故について

これは小さな航空会社「アルロサ」の定期旅客機ツポレフ154の事故の話です。

この事故はアルロサ航空514便と呼ばれています。

アルロサ514便は、2010年9月7日にアルロサ航空で運用されていたTu-154型機(ツポレフ154)が飛行中に航行機器の喪失を伴う電気系統の故障に陥った事故です。

パイロットは2名、機長はアンドレイ・ラマノフとイェフゲニー・ノボセロフ(エヴゲニー・ノヴォショーロフ)でした。

飛行機に乗っていた乗客は、休暇に合わせてヤクーチヤ(ヤクーツク)からモスクワに向かっていました。

事故が起きたのは、飛行機が出発して3時間半ほどたったときでした。

機体はコミ共和国イジマ村(イジュマ村)にある閉鎖された滑走路に不時着し、滑走路を160メートルオーバーランして森の中で停止しました。

飛行機は3回目の緊急着陸に成功します。

機体はダメージを負いましたが、9人のクルーと72人の乗客の全員が機体の脱出スライドを用いて避難することができました。

乗員乗客81人は全員無事で、けがをした人はいませんでした。

想像しただけでぞっとします…たまたま滑走路があったなんて、奇跡ですよね…。

アルロサ航空514便(ツポレフ154)が緊急着陸したコミ共和国イジマ(イジュマ)空港の場所は?

アルロサ航空514便はヤクーチヤ(ヤクーツク)からモスクワに向かっていました。

出発したヤクーチヤ(ヤクーツク)はロシア連邦に属するサハ共和国の首都。

到着予定のモスクワはロシア連邦の首都。

そして不時着したイジマ村はコミ共和国にあり、コミ共和国はロシア連邦中北部の共和国です。

位置関係はざっくりですが、このようになっています。

アルロサ航空514便ツポレフ154事故で不時着した空港の場所や現在は

さすがロシア、広大ですね…。

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アルロサ航空514便(ツポレフ154)の操縦士イェフゲニー・ノボセロフ(エヴゲニー・ノヴォショーロフ)機長の話

機長の話によれば、まず自動制御装置が作動しなくなったそう。

そしてそのあとすぐにすべての航行機器が故障しました。

機長は次のように言っています。

「私は予備の姿勢指示器が動くはずだと信じていたのですが、そのときは3つともが動きませんでした。その場合、着陸するしかありません。しかし通信も途絶えていました。最寄りの空港がどこにあるのかも分からなかったのです」。

その日の朝は曇り空で、パイロットらには地面も見えなかったそう。

「電気はない。ポンプも動かない。何とかしなければならない。しかし30分後にはエンジンも停止するのです。唯一の方法は雲の中をつきぬけ、着陸することでした。まったく何も見えない状態で」。

想像しただけで怖すぎます……。

しかし奇跡が起きます。

通常、このような航空機を着陸させるのは海上だけです。

しかしそれでも、うまくいく可能性は高くありません。

雲の間から光が差し、パイロットたちは川と森を見ることができました。

しかもそのとき、なんと彼らは滑走路を見つけたのです。

機長は

「幻覚だと思いました」

と言います。

そりゃそうでしょう。

絶体絶命のピンチのなかで、地図にも乗っていない滑走路が突然目の前に現れたのですから。

機長は緊急着陸を決断します。

滑走路はヘリコプターのためのものだったので、飛行機が着陸するには短すぎるものでした。

その滑走路は1300メートルの長さしかありませんでしたが、飛行機が無事に着陸するためには2000メートルは必要です。

しかも飛行機の故障により減速することはできない状況。

しかにほかに選択肢はありません。

そして、2度の着陸を試みたあと、3回目に着陸に成功します。

着陸時の速度は、通常の時速250キロをはるかに上回り、時速420キロもあったそうです。

飛行機はオーバーランし、地面に叩きつけられました。

翼が木々を切り倒し、木は飛んでいきました。

もちろん機内はパニック状態でした。

森からは蒸気が上がり、みんなは飛行機が燃えているのだと思ったそう。

しかし、幸いなことに乗客はみんな無事でした。

怪我した人もいなかったんです!

乗客らはシューターで脱出することができました。

なぜ滑走路があったのか?

絶体絶命のアルロサ航空514便の目の前に現れた滑走路。

それは、イジマ村の放棄された飛行場で、12年間だけヘリコプターの発着に使われたものでした。

かつては地元の航空会社が利用する発着の場でしたが、1990年代からはヘリコプターの発着場として使われていました。

そして飛行場は2003年に閉鎖され、最近7年間はもう地図上にも表示されていませんでした

そのため操縦士たちは存在を知らなかったのです。

滑走路があっただけでも奇跡的なのに、さらに、その滑走路はメンテナンスされ、着陸を受け入れる準備ができていました

滑走路には必要な標識が立てられており、中心線などのマーキングもされていました。

のちにアルロサ航空514便の操縦士は「自分の目が信じられなかった」と言っています。

閉鎖され、地図にも載っていない飛行場がなぜ使える状態にメンテナンスされていたのでしょうか?

実は、この飛行場を担当していた人が、彼自身のために滑走路のメンテナンスをしていたんです。

その人の名前はセルゲイ・ソトニコフさん。

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空港閉鎖後も滑走路を整備し続けていた高官のセルゲイ・ソトニコフさん

過去、飛行場には126人もの人が勤務していたと言います。

ですが、飛行場が閉鎖してからは、たった一人、高官のセルゲイ・ソトニコフさんだけがメンテナンスをしていました。

彼は毎日空港まで5キロ歩き、誰にも使用されなくなった滑走路をチェックしていたんです。

彼がこのように整備していなかったら、アルロサ航空514便は着陸することができなかったと言われています

誰に頼まれた訳でもないのに、なぜそんなことをしていたのでしょうか?

ソトニコフさんは次のように答えています。

 「私ただ滑走路を使わせないようにしていただけです。ほとんどの人が馬に乗っているので、フンが落ち、それが乾燥して、ヘリコプターで風が舞うとそれが目に入ったりするのです。それはもうひどい状態です。木材が落ちたらそこに落ちたままだし、瓶を投げ捨てる人もいます。言ってみれば自分のために掃除していたわけです。気持ちよくいられるためです」。

つまり、滑走路が放置されたままだと空き地ということで誰かが勝手に物を置いたり、不法投棄して使ってしまい、環境がとても悪くなってしまうということですね。

彼はそのような状況にならないように、周辺に生い茂る木々を切ったり、滑走路に車や木材などを置かせないようにしていたんです。

空港が使われなくなったあとも自分のために整備を続けていたんですね。

ツポレフ154のその後は?

調査委員会は事故の原因は機体のバッテリーの自己発熱により熱暴走が発生し、すべての航行機器が停止したためだと発表しました。

事故後、アルロス社はこの飛行機を退役させる計画だったそう。

航空機はひどい損傷を受け、土の中から機体を引き上げるのにトラクターを使わなければならなかったくらいでした。

しかし、飛行機はイジマ空港から自力で飛んだそうです。

すごいですよね…事故を起こした飛行機を操縦した方はさぞこわかったと思います…。

しかもその後、機体は修理され、アルロス社は2011年には再びこのツポレフを使用すると決めました。

なんと1970年代に設計されたそのソ連製のツポレフ154は今もヤクーチヤ・モスクワ間を航行しているそうです。

これは2018年8月の情報なので、おそらく2019年8月現在も現役で空を飛んでいるのではないでしょうか。

また、この事故のあと、2人のパイロットはロシア連邦英雄の称号を、セルゲイ・ソトニコフさんはロシア大統領によりメダルを授与されました。

他の7名のクルーは無私無欲的な勇気と武勇を称える賞を与えられました。

まとめ

いかがだったでしょうか?

アルロサ航空514便(ツポレフ154)の事故と、その後の様子をお伝えしました。

  • アルロサ航空514便は電気系統のトラブルによりコミ共和国イジマ(イジュマ)空港に緊急着陸
  • 乗客乗員は全員無事
  • 閉鎖後の空港の滑走路をメンテナンスしていたのは高官のセルゲイ・ソトニコフさん
  • 事故を起こしたツポレフ154は修理され現在も運行中

でした。

無事に機体を不時着させたパイロットと、そして空港を整備し続けていたセルゲイ・ソトニコフに敬意を表します。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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