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浜崎あゆみとエイベックス社長松浦勝人のなれそめは?元恋人と交際を激白

浜崎あゆみとエイベックス社長松浦勝人のなれそめは?元恋人と交際を激白 メディア

こんにちは!

歌手の浜崎あゆみさんが本を出版します。

浜崎さんへの取材を基にしたノンフィクションノベル小説「M 愛すべき人がいて」が幻冬社から8月1日に発売されます。

そのなかで、エイベックス社長 松浦勝人さんとのことを赤裸々に告白しているそう。

出版にあたり「自分の身を滅ぼすほど、ひとりの男性を愛しました」との言葉を寄せています。

浜崎さんにとって、松浦さんは音楽プロデューサーであり育ての親。

「マサ」と「あゆ」と呼び合う仲です。

ふたりの関係は昔からいろいろ言われてきたそうなのですが、いよいよ本人の口から語られることになりそうです。

ちなみに浜崎さん、現在40歳、そして松浦さんは現在54歳とのことです。

時代を感じますね。

ということで、今日は浜崎あゆみさんと松浦勝人さんのなれそめや、浜崎さんのデビューまでの秘話をまとめました!

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浜崎あゆみの小説「M 愛すべき人がいて」について

本のなかでは、

年齢をごまかして入店した六本木ヴェルファーレ(今はなき伝説のディスコクラブだそうです)での出会いや、松浦氏からの電話の回数を日記につけ、初めてのドライブで耳が真っ赤になるほど照れた瞬間など、気になる男性を前に右往左往する姿は初々しく、誰もが知る“あゆ”の意外な素顔に驚く場面も。

華やかな芸能界での成功を夢見る一方で、小さな幸せを求めていた歌姫の実像が丹念に描かれ、初めて結ばれた時の“秘密”を背負いながらの疾走と突然訪れた破局というスリリングな展開は、どこまでが事実か分かりませんが、濃密な時間を過ごした2人という“事実”だけは明確に刻まれています。

1998年の歌手デビューからトップスターへ上り詰めるまでの2年間のサクセスストーリーに秘められた“出会いと別れの物語”の本ということなので、二人が交際していたのはこの2年間だったのかな?と推測します。

松浦さんは1995年にモデルの原口香さんと結婚するもすぐに離婚、2003年に元妻である畑田亜希さんと再婚し3人のお子様に恵まれていますので、その間の期間ということになりそうですね。

 本のタイトルになっている代表曲「M」や「Boys&Girls」などのヒット曲が、2人の交際の中で生まれた歌詞であるという事実も激白されています。

また、浜崎さんは本来なら3、4人のグループでデビューするはずだったこと、エイベックス所属前の芸名「浜崎くるみ」が苦手だったこと、4歳から父親と会っていないことや、デビュー曲の裏側にあった祖母の死などの秘話もふんだんにあるそうです。

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浜崎あゆみさんと松浦勝人の出会いとデビュー秘話の出会い

ふたりの出会い

浜崎さんと松浦さんの出会いは、20年以上前までさかのぼります。

浜崎さんがまだ18くらい、松浦さんが31歳のころだったそう。

1996年くらいのようです。

当時、六本木には一世を風靡したディスコクラブ「六本木ヴェルファーレ」がありました。

そこで働いている知人から、

「今、ドラマ(未成年)に出てる」

「今度、歌も出す」

と紹介されます。

まだ当時、松浦さんは浜崎さんに、

「歌はそんなに簡単に売れないよ」なんて言ったそう。

それからふたりは頻繁に会うようになります。

浜崎さんがカラオケで歌を歌い、松浦さんがキーをどんどん上げていってどこまで声が出るか試したり、どんな声質なのか、歌がうまいか下手か、そんなことをしていたそうです。

どちらからともなく、連絡を取りたまに会っていたけど、仕事の話はあまりしなかったそう。

浜崎あゆみがデビューするまで

当時、浜崎さんはサンミュージックという事務所に所属していましたが、1996年末、事務所をやめます。

そして松浦さんに、

「お母さんと事務所に行って辞めてきた」

とそのことを報告。

松浦さん、浜崎さんから歌手になりたいという話は聞いたことはあったけどあまり本気に取り上げてはいなかったそう。

だけど、事務所を辞めてきたとなると「(このあとは)どうするの?」という疑問が出てきますよね。

ここでやっと松浦さんは本気になり、浜崎さんと松浦さんの二人三脚は始まったそうです。

松浦さんは浜崎さんをデビューさせるための作戦を日々考えるようになります。

またこのころ松浦さんは、エイベックスの稼ぎ頭である小室哲哉さんとの関係がますます悪化

松浦さんの最大のミッションは、小室さん無しでavexを自立させること、そのため、松浦さん自身でアーティストをプロデュースする必要がありました。

ちょうどそのころはELT(Every Little Thing)のデビュー直前。

1996年の8月にELTはデビューし大ヒットしていきます。

その裏で、松浦さんは次のアーティストのデビューへ向けて全力で動いてました。

それが浜崎さんでした。

ELTが大ヒットを飛ばすなか浜崎さんの準備は着々と進み、1998年4月に、いよいよ浜崎さんはデビューします。

デビューするまでには1年くらいかかりました。

それまでに浜崎さんはボイストレーニングのためニューヨークへ渡り、レッスンに励みました。

松浦さんは、どういう形態でデビューさせようか相当悩んだそうです。

ソロの難しさを知る松浦さんはかなり悩みましたが、浜崎さんが「私は絶対ソロで行きたい」と譲らなかったそう。

松浦さんの予想通り、デビュー前のまわりの評価は散々でした。

テレビ局の友達からも「売れないからやめとけ」と言われ、業界の先輩方達からも「スポンサー受けする顔じゃない」とか言われたそう。

ですが松浦さん、そのくやしさをバネに、

「ならば、世の中の人の好みまで変えてしまえ」

と当時は思ったそうです。

浜崎あゆみさんが平成の歌姫になるまで

いよいよ浜崎さんのデビューが目前に迫ります。

デビュー前には、デビュー曲を「poker face」だけでなく、10曲以上のデモと、シングルとして4枚目まではすでに決まっていたそう。

そして、カウントダウンTVのテーマソングで4月8日に「poker face」でデビュー。

それから、2ヶ月に1枚のペースでシングルをリリースしていきます。

3枚目の「TRUST」でベスト10入り。

このあたりで方向性がなんとなく見えたそう。

4枚目では森永製菓のCMに出演。

5枚目の「Depend on you」でまたもやベスト10入りし、99年1月1日発売のファーストアルバム「A Song for ××」で堂々のオリコン一位を獲得。

そしてミリオンアーティストの仲間入りを果たします。

同年7月「BOYS & GIRLS」でシングルでミリオン突破。

そうして平成の歌姫が誕生しました。

まとめ

いかがだったしょうか?

浜崎あゆみさんと松浦勝人さんのなれそめとデビューまでをまとめました。

浜崎さんがいなければエイベックスの成功はなかったでしょうし、松浦さんがいなければ浜崎さんがここまで売れることはなかったでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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